モモ・ケイタ
2009.04.25 Saturday 12:41
モモ・ケイタというドラマーがいる。
現在コナクリ市のカロム地区に唯一あるバレー団「バシコロ・デ・カロム」のソリストである。
2006年、ドゥンドゥンプレーヤーであるイブロが、僕の為にと見つけてくれたジャンベの講師。「彼はダンスとドラムの秘密を知っている」そんな文句で紹介された。
まだ20代前半のモモは毎日タクシーに乗って、僕の住んでいた「ワキリ・ギニー」まで来てくれた。

モモは体格が比較的小さい。しかしそれを補うように背筋を使って全身で太鼓を叩く。
その体型からは想像できない、音量と音数を出してくる。
それゆえ彼はアーティスト達から「バズーカ」というあだ名で呼ばれていた。
今回2度目のギニアで空港まで迎えに来てくれたのもモモだった。暗闇の中目を光らせて「アラカリ!」と叫んで僕を見つけてくれた。英語でのメールで「その日にギニアに行くよ」と伝えただけだったのに、本当に空港まで来てくれたのだ。
その日からモモの家に居候する事になった。
モモはその音楽的な才能と、オリジナリティのあるスタイルでミュージシャンとして信頼されてる。しかしその反面、日本で言うならまだ遊び盛りのやんちゃ坊主。アメリカのヒップホップミュージッシャンみたいな格好をして悪友とつるみ、時には喧嘩、警察沙汰になる事もあった。
ドゥンドゥンバパーティーやバレーの練習でも遅れて来て、誰がソロを叩いていようとおかまいなしにバズーカなソロを叩く。しかし不思議と誰も文句は言わない。というかモモが言わせない。
そんなモモの優しさとワルさが人を集めて彼の家(俺の寝室)にはいつだって人がいた。ジャンベ叩きに、ダンサー、外国人、モモの舎弟、女1、女2、軍隊、子ども、等々。
俺が寝たい時や独りになりたい時以外は、楽しいにぎやかな生活だった。
しかしワークショップシーズン(1月〜3月)が到来して、モモも色んなワークショップの特別講師としてコナクリ中を駆け回っていた。ユールやカラモコのワークに行っては「新しい日本語を覚えた」とか「日本の女は良い」とか2児のパパとは思えない若ーい感じである。

(モモにそっくりの息子、セクバ・ケイタ)
にしてもモモ自身、日本人との関係性が濃いようだ。在日ギニア人の2人からはかわいがられている様子だし、その生徒達からもしたわれていた。
忙しいスケジュールの中、1週間に2回くらい帰って来て、「今週もワークでアラカリとは一緒に叩けない、でもアラカリは日本人の中で俺の一番目の生徒だ」とよく言ってくれた。
俺は俺でモモが自分の力で日本への一歩を踏み出しているようで、応援したかった。
「俺は大丈夫、良いとこ見せて来てよ!このチャンスを切っ掛けにモモが日本来たら最高じゃん」
いつかモモから「日本に行くから」ってメールが来る事を願いつつ。
日本に来た時に「叩き方忘れたのか?下手になってるぞ」とか言われないように準備しとかないと。

バズーカのPLAYが気になる人は、カラモコさんの新しく出た?DVDで見れますよ。
現在コナクリ市のカロム地区に唯一あるバレー団「バシコロ・デ・カロム」のソリストである。
2006年、ドゥンドゥンプレーヤーであるイブロが、僕の為にと見つけてくれたジャンベの講師。「彼はダンスとドラムの秘密を知っている」そんな文句で紹介された。
まだ20代前半のモモは毎日タクシーに乗って、僕の住んでいた「ワキリ・ギニー」まで来てくれた。

モモは体格が比較的小さい。しかしそれを補うように背筋を使って全身で太鼓を叩く。
その体型からは想像できない、音量と音数を出してくる。
それゆえ彼はアーティスト達から「バズーカ」というあだ名で呼ばれていた。
今回2度目のギニアで空港まで迎えに来てくれたのもモモだった。暗闇の中目を光らせて「アラカリ!」と叫んで僕を見つけてくれた。英語でのメールで「その日にギニアに行くよ」と伝えただけだったのに、本当に空港まで来てくれたのだ。
その日からモモの家に居候する事になった。
モモはその音楽的な才能と、オリジナリティのあるスタイルでミュージシャンとして信頼されてる。しかしその反面、日本で言うならまだ遊び盛りのやんちゃ坊主。アメリカのヒップホップミュージッシャンみたいな格好をして悪友とつるみ、時には喧嘩、警察沙汰になる事もあった。
ドゥンドゥンバパーティーやバレーの練習でも遅れて来て、誰がソロを叩いていようとおかまいなしにバズーカなソロを叩く。しかし不思議と誰も文句は言わない。というかモモが言わせない。
そんなモモの優しさとワルさが人を集めて彼の家(俺の寝室)にはいつだって人がいた。ジャンベ叩きに、ダンサー、外国人、モモの舎弟、女1、女2、軍隊、子ども、等々。
俺が寝たい時や独りになりたい時以外は、楽しいにぎやかな生活だった。
しかしワークショップシーズン(1月〜3月)が到来して、モモも色んなワークショップの特別講師としてコナクリ中を駆け回っていた。ユールやカラモコのワークに行っては「新しい日本語を覚えた」とか「日本の女は良い」とか2児のパパとは思えない若ーい感じである。

(モモにそっくりの息子、セクバ・ケイタ)
にしてもモモ自身、日本人との関係性が濃いようだ。在日ギニア人の2人からはかわいがられている様子だし、その生徒達からもしたわれていた。
忙しいスケジュールの中、1週間に2回くらい帰って来て、「今週もワークでアラカリとは一緒に叩けない、でもアラカリは日本人の中で俺の一番目の生徒だ」とよく言ってくれた。
俺は俺でモモが自分の力で日本への一歩を踏み出しているようで、応援したかった。
「俺は大丈夫、良いとこ見せて来てよ!このチャンスを切っ掛けにモモが日本来たら最高じゃん」
いつかモモから「日本に行くから」ってメールが来る事を願いつつ。
日本に来た時に「叩き方忘れたのか?下手になってるぞ」とか言われないように準備しとかないと。

バズーカのPLAYが気になる人は、カラモコさんの新しく出た?DVDで見れますよ。
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