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ニュース
うちにはテレビがない。
困るのは天気予報とニュースくらい。
だから買う予定も全くなく
インターネットでニュースも見るようになり
このweb siteを見つけました。

リアルに伝わる写真の力
お気に入りです。

ちょうど、「Earthday」の記事が出たよ!
地球ってすごいね、人間って…
Boston.com
The Big Picture-News Stories in Photographs-
| chii (haja) | others | - | - |
ジバジャン
 またまたギニアのお友達の話。
初めてギニアに着いて、イブロを見つけ、モモと会い、自分の環境が段々と良い方向に
向かって来た。
 そんな中、まだホテル暮らしをしていた僕にイブロが「俺のうちのそばにおいで」と、
タオヤ町にあるワキリ・ギニーというを場所を紹介してくれた。
 当時何も分からずに、ただ直感の居心地の良さから3ヶ月の契約(1部屋分)をしたのだけれど、今になって考えると、そこはバシソコというギニアが誇る世界的なミュージシャンの別荘であり、それを取り巻くアーティスト達のたまり場という、音楽をやるには申し分ない環境だったのである。

  ワキリ・ギニーの庭の練習場。すぐ後ろはマングローブの川。

 イブロ、モモ、僕の3人で太鼓を叩いていると、毎日のように暇なアーティスト達が冷やかし半分に遊びに来ました。一緒に太鼓を叩く者、ゴンゴマを持って歌いにくる者、ただ群がってくる者。  ある日、いつもの様に3人で練習をしていると、タバコと常に吸っているおじさんが来ました。痩せていて、煙を吸うたびにごほごほと咳き込んでいて「この人は大丈夫か?」と思わざる得ない人でしたが、その日ケンケニを叩いてくれてから、毎日練習の時間には練習場に現れて、ケンケニやジャンベを一緒に演奏してくれました。
 
 彼の名前はジバジャン。正確な名前は確かモハメッド・ラミン・クルマ。
彼の亡きお父さんはギニアでも有名なドゥンドゥンバダンサーで(嘘だか本当だか?ママディ・ケイタを村から呼んだのも彼だとも言っていました)、そのお父さんがジバジャンと呼ばれていた事から、息子の彼もそう呼ばれる様になったと言っていました。
 イブロもジバジャンとはワキリで初めて会ったようなのですが、2人で話しているとどうやら、どちらの母親もその昔、国立舞踊団のダンサーとして踊っていた人物で、しかも母親同士大親友だったらしいのです。(別の日にジバのお母さんが、イブロを見た時に涙を流して喜んだそうです)

 偶然の練習参加からジバも毎日いる大切な仲間になりました。
お父さんが亡くなってから、そのショックにジャンベを叩く事を辞め、煙ばかりすって、浮き沈みの激しい性格で、飽きやすく、調子に乗りやすい彼はどうしようもない人間に見えましたが、ある時、彼の歌声を聴いてからそんな事はどうでも良くなりました。

 何かあると歌い出し、次から次へとメロディーが、言葉が飛び出してくる彼のスタイルに完全にやられてしまいました。

 そう思っていたのは僕だけでなく、イブロやモモも同じ様に思っていました。
ケンケニを叩きながら眠りそうになり、みんなから怒られたと思っていると、休憩時間に歌い出し結局みんなが許してしまう。そんな事を毎日の様に繰り返していました。。。

 ギニアに来て半年も過ぎた頃、モモの生徒のフランス人のシャルがジバジャンの歌声に惚れて、自分でギターを弾き、ジバジャンに歌わせて、太鼓の練習終了後にみんなでゆーるーくセッションなんかを楽しむ様になりました。それからほどなくして、ストライキに巻き込まれ僕は日本に半強制的に帰国したのですが、その後もこのセッションはギニアで行われていたらしく、フランス人のシャルのおかげで、レコーディング、CD作成まで行き着きました!!
 
 メンバーは唄ジバジャン。ギター・シャル。ドゥンドゥン・イブロ。ジャンベ・モモ。バイオリン・ルーシー(イブロの奥さん)の5人で、TARAGONAというバンドです。

youtubeにアップされていました。

 現在、結婚や外国に住んでいる事で、みんなが散らばってしまっているけど、メンバーチェンジや埋め合わせをして、今でもジバジャンは歌っているようです。
今年もシャルがギニアに来て、TARAGONAのプロモーションをしていました。
 応援したいな。
CD気になる人いたら連絡下さい。シャルに聞いて取り寄せてみようかな??


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モモ・ケイタ
 モモ・ケイタというドラマーがいる。
現在コナクリ市のカロム地区に唯一あるバレー団「バシコロ・デ・カロム」のソリストである。
 2006年、ドゥンドゥンプレーヤーであるイブロが、僕の為にと見つけてくれたジャンベの講師。「彼はダンスとドラムの秘密を知っている」そんな文句で紹介された。
まだ20代前半のモモは毎日タクシーに乗って、僕の住んでいた「ワキリ・ギニー」まで来てくれた。
モモ
モモは体格が比較的小さい。しかしそれを補うように背筋を使って全身で太鼓を叩く。
その体型からは想像できない、音量と音数を出してくる。
それゆえ彼はアーティスト達から「バズーカ」というあだ名で呼ばれていた。

 今回2度目のギニアで空港まで迎えに来てくれたのもモモだった。暗闇の中目を光らせて「アラカリ!」と叫んで僕を見つけてくれた。英語でのメールで「その日にギニアに行くよ」と伝えただけだったのに、本当に空港まで来てくれたのだ。
 その日からモモの家に居候する事になった。

 モモはその音楽的な才能と、オリジナリティのあるスタイルでミュージシャンとして信頼されてる。しかしその反面、日本で言うならまだ遊び盛りのやんちゃ坊主。アメリカのヒップホップミュージッシャンみたいな格好をして悪友とつるみ、時には喧嘩、警察沙汰になる事もあった。
 ドゥンドゥンバパーティーやバレーの練習でも遅れて来て、誰がソロを叩いていようとおかまいなしにバズーカなソロを叩く。しかし不思議と誰も文句は言わない。というかモモが言わせない。
 そんなモモの優しさとワルさが人を集めて彼の家(俺の寝室)にはいつだって人がいた。ジャンベ叩きに、ダンサー、外国人、モモの舎弟、女1、女2、軍隊、子ども、等々。
俺が寝たい時や独りになりたい時以外は、楽しいにぎやかな生活だった。

 しかしワークショップシーズン(1月〜3月)が到来して、モモも色んなワークショップの特別講師としてコナクリ中を駆け回っていた。ユールやカラモコのワークに行っては「新しい日本語を覚えた」とか「日本の女は良い」とか2児のパパとは思えない若ーい感じである。

(モモにそっくりの息子、セクバ・ケイタ)

 にしてもモモ自身、日本人との関係性が濃いようだ。在日ギニア人の2人からはかわいがられている様子だし、その生徒達からもしたわれていた。 
忙しいスケジュールの中、1週間に2回くらい帰って来て、「今週もワークでアラカリとは一緒に叩けない、でもアラカリは日本人の中で俺の一番目の生徒だ」とよく言ってくれた。
 俺は俺でモモが自分の力で日本への一歩を踏み出しているようで、応援したかった。
「俺は大丈夫、良いとこ見せて来てよ!このチャンスを切っ掛けにモモが日本来たら最高じゃん」
 いつかモモから「日本に行くから」ってメールが来る事を願いつつ。
日本に来た時に「叩き方忘れたのか?下手になってるぞ」とか言われないように準備しとかないと。

ミュゼナショナル
バズーカのPLAYが気になる人は、カラモコさんの新しく出た?DVDで見れますよ。
 


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イブロ
 イブロとの不思議な出会いの後、僕はすぐに彼と息が合うようになりました。
それはものごとの考え方、捉え方、対処の仕方に共感する事が多かったからです。
そういえば家族構成も全く同じだった。
 ジャンベの先生ではあるけど、その他にも一緒にいて勉強できる事が多かった。
Ibrahim sory keita
 イブロと一緒にいると様々な「good timing な巡り合わせ」を引き寄せたように思う。

初めて彼に紹介してもらった家はバ・シソコという有名なバンドの別荘の一室だった。そこには毎日色んなアーティストが遊びに来ていて、音楽は勿論、演劇やダンスをそこらでやっていた。だから音は気にせず出せたし、色んなジャンルの友達もたくさん出来た。雨期の時期も使われていない駐車場でジャンベも叩けた。(これは雨期のギニアではすごくラッキーな事だと思う)
 そこにモモというすごいソリストをジャンベ講師に連れて来て、ジャバというグリオ歌手に出会い、ケンケニを叩いてもらう様になったり。(その後彼らはモモの生徒のフランス人、シャルとつるむようになり、音楽を続けCDを出す事になった)
 そもそもイブロは子ども時代にシリアレオネで教育を受けたため、英語での会話が出来た。(ギニアはフランス語圏なので、英語はほとんど通じない)
 そして今回ギニアに行った時、偶然3日後にイブロも単身ギニアに帰国して来た。
(イブロはフランス人のルーシーと結婚してからフランスに住んでいる。シディキという名のJr.も生まれてパパでもある)
  
 何とも僕に多大な影響を与えた、人生の重要な登場人物である。
 アラカリ(本来村のチーフに与える名前だという)という名を僕にくれたのもイブロだ。
 
アラカリ(alkhaly)とハジャ(haja)でアラカジャ(alkhaja)。
先生であり友人であり魂の兄弟であるイブロが僕らにくれた名前。
リスペクトを込めて店の名前にしました。
名前に負けないように頑張らねば。

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初めましてアラカジャです。

皆さん初めまして。アラカジャのアラカリです。
2月中旬、ギニアより帰国してからはや1ヶ月半!やっとネットショップをオープンする事が出来ました。


商品はすべて僕がギニアのマーケットにて直接交渉して買ってきた物です。
郷に入っては郷に従うタイプの僕が、現地で「いいな!日本の生活にもほしい」と思った物を中心に選んで大きなコンテナで日本に送りました。
アラカジャを通してギニアの音楽(music)、生活(life)、自然(nature)、創造(inspiration)、をより身近に感じて頂ければこれ幸いです。そして自分の宝物を見つけてもらえたらもっともっと幸いです。みなさんに良い出会いがありますように。


最後に。アラカジャを助けてくれた、近くにいる友達、遠くにいる友達にこの場を借りて、
ありがとう!メルシー!サンキュー!イヌワリ!イニケ!
これから一歩一歩前に進んで行こうと思います。
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